健康にとって腸内細菌が重要だという話は、日々よく耳にします。でもそういった微生物は、あくまで自分の体に影響を与えている「外部」のものだというイメージを持っていました。本書を読んでそのイメージが180度変わりました。微生物は人間の体に影響を与えているなんてものではなくて、人間の遺伝子と共生して体の機能の一部を担っている必須のもので、それなくして人体は成立しないのです。ヒドゲノム解析で分かった人間の遺伝子の数に対し、なんと微生物の遺伝子の数はその10倍だというのです。
感染症やアレルギーなどの新しい病気が20世紀半ば以降急増していて、抗生物質の濫用や食生活の変化によって体内の微生物の生態系が崩れていることがその原因である可能性が分かってきています。本書はそういった研究の最前線について解説しつつ、今後の医療や生活習慣のあり方についての展望を示してくれます。
基本情報
作者:アランナ・コリン(イギリスのサイエンスライター)
発行日:2020/12/8(文庫), 2016/8/10(単行本)
ページ数:442(文庫)
ジャンル:NDC465, 自然科学>生物学>微生物学
読みやすさ
難易度:少々専門用語が多いですが、100%理解できなくても読み物として楽しめます。
事前知識:生物学の知識があればより内容を理解できると思います。
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目次とポイント
序章 人体の九〇%は微生物でできている:遺伝子の数でいうと、共生微生物を含めた体全体のうち、ヒトゲノムの占める割合は1割程度に過ぎない
第1章 二一世紀の病気:1型糖尿病やアレルギーなどの免疫系に関連する21世紀病が1940年代以降に急増している
第2章 あらゆる病気は腸からはじまる:同じカロリー摂取量でも、腸内微生物のバランスが崩れると肥満になる可能性がある
第3章 心を操る微生物:腸内微生物のバランスが崩れると自閉症を引き起こす可能性がある
第4章 利己的な微生物:共生する微生物とヒトは共進化してきており、微生物が免疫系の一部をなしている
第5章 微生物世界の果てしなき戦い:抗生物質の投与、抗生物質で成長促進させた食肉の摂取、抗菌剤入り製品の使用が、微生物に悪影響を与えている
第6章 あなたはあなたの微生物が食べたものでできている:摂取する栄養バランスが、微生物の働きや微生物のバランスに影響を与えている。食物繊維が重要
第7章 産声を上げたときから:母親の産道から微生物を受け取るが、帝王切開の場合は皮膚から取り上げられた後に皮膚から受け取るためバランスが崩れる。母乳に含まれるオリゴ糖も重要
第8章 微生物生態系を修復する:ヨーグルト等のプロバイオティクスも効果がなくはないが、糞便移植など、健康な人からの微生物の移植がより効果的
終章 二一世紀の健康:抗生物質の適正な使用、出産と育児の見直し、食生活の改善
感想
「自分」って何だろう、という世界観を変えさせられた本でした。もともとは何となく自分の体が自分だろうと思っていました。それが大人になって生物学や進化論の本なんかを読むようになって、ヒトの遺伝子こそが自分なのか、流動的だけど平衡状態にある自分の体なのか、それとも意識と記憶こそが自分なのか、などなどいろいろ考えるようになりました。今度はそこに、ヒトの遺伝子の10倍の数もある共生微生物がいることで自分が成立しているという、新たな視点が加わりました。腸内細菌は人間の外部環境なのか?それとも体の一部なのか?それとも体全部が所詮外部環境で、意識だけが自分と言えるのか。自分とか世界についての根本的な見方を変えさせられる経験はそうあるものではありません。こういう読書は本当に貴重であり楽しいものですね。
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