【書評】『ドン・キホーテ』セルバンテス

文学

騎士道本を読み過ぎて妄想にとらわれ、古ぼけた甲胄に身を固め、やせ馬ロシナンテに跨って旅に出る。その時代錯誤と肉体的脆弱さで、行く先々で嘲笑の的となるが…。登場する誰も彼もがとめどもなく饒舌な、セルバンテスの代表作。

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感想

前書きからして、当時の文学作品を皮肉ったメタ構造になっていてすごいです。どんなに酷い目にあってもあれやこれやと言い訳して騎士である妄想を崩さないドンキホーテが可愛く見えてきてしまいました。半分ボケ、半分ツッコミみたいな従士サンチョとの掛け合いはまるでコントのようで、笑えます。
個人的には司祭が本を仕分けるシーンが好きです。お前も騎士道物語好きすぎじゃん、人のこと言えないじゃん、と思わずツッコみたくなります。そして、ひいてはそれを書いてるセルバンテス自身も同じだという構図が面白いです。

ドンキホーテの周囲の人たちが、彼の異常さを理解した上でそれに乗っかって話をするくだりがまた面白いです。出会った人々がドンキホーテの様子を見て驚く→人柄を説明されて納得→茶化して楽しむ、という流れがだんだんと定番化されていくのが可笑しいです。ドン・キホーテが理路整然とした語り口から、騎士道物語に話が進むといっきに狂気に陥る様に、読者の自分も登場人物たちも、驚くと同時に興味を引かれます。

新たな登場人物たちの恋愛話と、劇中で読まれる小説「愚かな物好きの話」が本当に面白い。展開がうますぎます。冒険の本筋以外にも作中作や登場人物が語るエピソードが多めですが、それらが抜群に面白いです。特に恋愛が絡む話は、やはり時代を超えた普遍性がある気がします。

主人とサンチョとの漫才も面白くて、声を出して笑ってしまいました。サンチョはやけに的確で現実的な指摘を主人にしたかと思うと、やはり根本のところでは妄想に憑かれていて、なんとも憎めないウザ可愛さがあります。途中から会話中にことわざを連発するキャラになっていくのもまた可愛いです。

後編になると、前編の内容が作中で本として出版されているという設定になっていて驚きました。メタ視点の見事さもここまできたかと。ドンキホーテの狂気を楽しむために周囲の人が彼の話に乗ってあげるのが定番のパターンですが、前編を読んで彼のファンになったという公爵夫妻が、費用をかけて彼の冒険をお膳立てするという展開になります。面白くないはずがありません。特にサンチョがついに領主になるくだりが最高です。サンチョが村民の相談を受けてなんだかんだ的確な調停をしていくシーンは特に好きです。

ラストになると、もう読者は間違いなくドン・キホーテとサンチョのことが好きになっているはずです。彼は確かに狂気を抱いていますが、誠実で、利他的で、知的で、ユーモラスで、魅力に溢れています。そのキャラの魅力と、メタ視点の構造が合間って、とんでもない傑作です。タイトルを知っているだけで人生終わらなくて本当に良かったです。

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