歴史について書かれた本の多くは、王様、軍人、政治家、芸術家など、時代を動かした大人物と国家全体の話が中心に書かれたものが多いです。一方で本書は、古代ギリシアの名もなき一般市民たちが、日常の衣食住をどのように暮らしていたのかを教えてくれます。主役は普通の人々で、高名な哲学者も、弁論術に長けた政治家も登場しません。
最盛期のアテネ市民という絶妙な選択
この本は、古代ギリシアの中でも、アテネという特定のポリスについて書かれています。しかも、時代は紀元前5〜4世紀というアテネの最盛期にフォーカスしています。この時代のアテネは、ペルシャ戦争の勝利で中心的な役割を果たした後、圧倒的な海軍力を武器に周辺ポリスを束ね、海上貿易を支配することで豊かさを謳歌していました。
市民権を持ってるだけでも特権階級でしたが、そのなかでもさらに富裕層がいました。奴隷を使った労働集約型で、農業や商工業を経営して儲けていました。その儲けの中から、市民の義務である戦時の武器の自己調達をしていました。大金持ちになるとなんと三段櫂船と漕ぎ手を自費で購入していたそうです。自余暇も十分あり、スポーツをしたり哲学論議をしたり、飲み会をしたりと楽しんでいました。
現代の日本に暮らす私たちも、資本主義と科学技術の発展のおかげで、それなりに自由で健康な生活を送れています。それに対して当時の豊かな「アテネ市民」の生活にスポットを当てることで、私たちと古代の人々の生活の驚くほど似ているところや、逆に全く違っているところが浮き彫りになっている印象を受けました。
トピックと図版の豊富さがすごい
本書は大きく分けて以下の3つの視点で書かれています。
- 生まれてから死ぬまで
- 職業
- 衣食住
これを軸に、娯楽、同性愛、音楽、旅行、戦争、宗教、祭り、などなど、生活にまつわるトピックをこれでもかと詰め込んでいます。その割には図版が多くてページのボリュームもあまり多くないので、さらっと読めてしまいます。
図版は「図説」というだけあって、当時の生活を描かれた絵や像の写真がこれでもかと豊富に載っています。とりわけ面白いのが、主に輸出用に作られた陶器にかかれた絵です。現代の漫画にも通じるようなポップな絵柄で、これ本当に2500年前か?と思いました。当時の風景がコミカルに描かれていて、無限に眺めて楽しんでいられそうな感じです。
古代ギリシア人の一生
第1章「アテナイ市民の一生」を簡単にまとめてみました。写真は、私がギリシア旅行に行った時に撮ったもので、偶然にも本の図版として載っていたものをチョイスしています。
母親が産婆さんにかかえられてお産をしています。生まれてすぐに、父親の認知といういきなりの人生最大の関門をクリアしないといけません。認知するかは父親の自由で、そうでない場合はなんと路上に捨てられるか、運が良ければ拾われて奴隷になります。恐ろしいですね。
7歳ころになると、外で読み書きや体育を習いに行きます。日本の小学校入学と同じ年齢ですね。でも体育ですが、なんとみんな全裸(!)でやります。アテネでは同性愛が特別でなかったので、そこで目覚めてしまう少年たちが多かったのではないかと書いてあります。
18歳で第二の関門、市民登録審査があります。両親が市民じゃないと認められないので、そこで問題がわかるといきなり奴隷人生です。恐ろしいです。その後2年間の軍事訓練を受けて、20歳で晴れて市民となります。今の日本も投票権が18歳からなので、これもなんとなくイメージが近いですね。
結婚は男が30歳くらい、女が14歳くらいからが適齢期とされていたそうです。男性は今の感覚と近いですが、女性はめちゃめちゃ若いですね。女性は主に家の中で育てられたようですが、学校に向かう女性たちの絵も描かれていて、そこまで抑圧されていた訳ではないかもしれません。上の写真は結婚式の様子です。天使に手伝ってもらってますね。
老人になるにつれて政治の上での発言権は年功序列で高まっていったようです。アテネでは両親を扶養するのが義務になっていて、破ると市民権剥奪という厳しい処罰が下りました。
当時は平均寿命がとても短く、60歳を迎える頃にはもう死が見えてくる年齢で、だいたい70歳が限界というイメージでした。上は亡くなった人を安置している時の絵です。女性は髪を引っ張ることで悲しみを表現していたようです。
世界の見方を変わるポイント
人間のDNAは2500年前からほとんど進化していません。だから裕福で文化的だった古代ギリシアのアテネ市民の暮らしを見れば、今の私たちと重なる部分がかなりあって、そのことを実感します。一方で同じ人間であっても、文化の背景の違いでこうも変わるか、というくらいに違っている部分もあります。本書は古代の人をはるか昔の異星人のようなものではなく、自分と同じ人間として身近に感じさせてくれます。その上で、人間の進歩しているところと、相変わらず変化していないところの両方をしみじみと実感させてくれます。
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