【書評】最強の美術鑑賞入門書『世界アート鑑賞図鑑』

芸術

絵画などの美術作品にはこれまであまり親しみがなかったのですが、一度は広く浅く美術の基礎知識をつけておきたいなと思い立ち、入門書を探してみました。網羅性、ボリューム、図版の数、値段などなどを見て、本書を購入してみました。結果は大正解。狙い通り入門書に最適な本でした。

おすすめポイント

まず、全時代、全世界の作品を広く扱っている点がすごいです。時代から言うと、先史時代から始まり、現代のデジタルアートまでをカバーしてます。ナスカの地上絵とバスキアのアーバンアートが1冊の本で解説されてるなんて、すごい幅広さです。しかも、西洋美術だけではなく、中東、アジア、アフリカ、南米といった地域の作品もしっかり紹介されています。流石にそれぞれを深掘りするのは容量的に厳しいようで、例えば浮世絵でいうと北斎の神奈川沖浪裏の1作品のみが紹介されるにとどまっています。

構成としては、まず「ロマン主義」や「印象派」などの様式や流派などが小さい図版付きで解説されます。その後、その中で主要な作品をチョイスして詳細が語られています。これによって、ただの作品の羅列ではなく、歴史上の様式やその変化の流れ、いろいろな流派やムーブメントについての大まかな知識を得ることができます。ただし現代美術になると、そのジャンルの数が多岐にわたって流れをつかむのがどんどん難しくなってきますが・・。

575ページもあってかなりの厚みですが、サイズはそんなに大きくありません。でも図版は全てカラーで鮮明ですので、十分鑑賞に耐えます。やはり扱う範囲が広すぎて、有名画家の代表作でも「あれ、あの絵が載ってないな・・」ということも多々ありますが、それはしょうがないと諦めるしかありません。あくまで入門ですから。その分傑作が厳選されてはいるはずです。

そして何より安い!。この内容で値段は5000円強です。この分厚さと1000点を超えるカラーの図版を考えると、1万円くらいしてもおかしくない気がします。かなりお買い得です。

哲学にも似た、具象と抽象の対比

西洋美術の大きな方向性として、具象画か抽象画かという軸があります。これらに哲学の認識論と重なるものを感じました。「具象画」は視覚で知覚できる世界をそのまま2次元の絵画に再現する方向です。宗教的な空想の世界をモチーフにすることはありますが、それでも人物や背景は現実の物をベースにリアルに描かれた物です。写真のようにとことんリアルに描いたアカデミー絵画だけではなく、そのカウンターとしての印象派もやはり具象画で、知覚で経験した光の印象など絵に再現する手法の一つです。これは哲学でいう「経験主義」に近いと思いました。5感で知覚された事だけが存在していて、見た目の中に隠れた物の「本質」のような、抽象化された真理の存在を否定しています。

一方で抽象画は、画家の頭にある抽象概念を、形や色を使って絵に表現します。プラトンのイデア論では、例えば人間は完全な円形を抽象概念として思い浮かべることができますが、それが存在するのがイデア界です。現実世界の円は必ず歪んでいて、概念通りに知覚することはできません。そういった思考の中だけに存在する概念を直接絵にしてしまうのが抽象画だというイメージを持ちました。マーク・ロスコの作品のように四角などの単純な形とベタ塗りに近い色で構成された完全な抽象画だけじゃなく、具象画の中でも抽象度の高低があります。ピカソのキュビズムは実在のモデルを描いたものなのであくまで具象画ですが、モノをいろいろな方向から見た姿に解体して、それを2次元の上に合体させて表現しています。それは知覚そのままではなく、頭の中で考えた抽象的な概念を織り混ぜて描かれているという意味では、抽象画の要素を持ったものだと思います。

素人である私の好みとしては、完全に具象を再現した絵も写真みたいでつまらないし、完全に抽象的な概念を表現した絵は意味が分からずつらいものがあります。具象画にちょっと抽象的な要素が加わった、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、スーラなどのポスト印象主義に惹かれるものがあります。

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