【書評】知性に基づく生活こそ最大の幸福『二コマコス倫理学』アリストテレス

哲学

古代ギリシアの哲学者アリストテレスの代表作です。アリストテレスは自然学、論理学、政治学といったあらゆる学問分野に通じた「万学の祖」と言われるスーパー哲学者です。本書はその中でも「倫理学」の分野について書かれた本です。人間の人生における活動にはそれぞれ目的がありますが、その目的もさらに上位の目的のための手段です。その上位の目的もまた手段であり・・、そうして行き着く最上位の目的とは何なのか、を考えるのがテーマです。ひと言で言えば、人間の「幸福」とは何かがテーマです。究極的に何を目指して生きるのか?、どうやってそこに到達するのか?が精密なロジックで展開されます。

倫理学と聞くとなんとなくあいまいで感覚的な議論になるのかな、と想像してしまいますが、本書の内容は真逆です。アリストテレスはさすが万学の祖といったところで、数学のような原理から厳密に推論するような部分も含めて、人間の魂の働き全体を分類した上で議論を展開します。生理的な欲求などの分別(ロゴス)のない部分、分別によってコントロールされた感情の部分、知的な部分である分別そのもの。さらに知的な部分も細分化されます。数学の定理や自然法則などの他のあり方を許容しない原理に基づいたものを知恵と呼びます。一方、人間的な他のあり方を許容する物事に関するものを思慮深さと呼びます。こうして全体をまず分類して、その各項目について詳細に議論していくためあいまいさとは程遠い内容になっています。

アリストテレスが師匠のプラトンと違うところは、彼が実際の「活動」を重視しているところです。人間は魂に善い性質を保持しているだけでは幸福とは言えず、それを実際の活動の中で発揮しなければ意味がないと言います。プラトンが、極度に貧しくても無実の罪で裁かれて自由を奪われたりしても、魂に善がありさえすれば幸福であると言ったのに対して、アリストテレスは実際に善を発揮する場を持てない限り幸福ではないと言います。ここはプラトンの著作を読んで腑に落ちなかったところでもあったので、より納得できる部分です。

基本情報

作者:アリストテレス(古代ギリシアの哲学者)

翻訳者:渡辺邦夫・立花幸司

成立年:紀元前4世紀

発行日:2015/12/8(光文社古典新訳文庫)

ページ数:上513, 下556

ジャンル:NDC 116, 哲学>哲学各論>倫理学

読みやすさ

難易度:難解な部分もありますが、作品内で定義される用語の意味をあせらず丁寧に追っていけばおおおかた問題なく読めます

事前知識:師匠のプラトンの著作を読んでおくと、それとの対比でより楽しめます

おすすめ予習本:

目次とポイント

第1巻 幸福とは何か―はじまりの考察:魂のアレテー(徳、卓越生)に基づく活動こそが幸福

第2巻 人柄の徳の総論:感情や欲求を、多くも少なくもない適切な「中間」に導く性質

第3巻 徳の観点からみた行為の構造、および勇気と節制の徳:人柄の徳の例。自信の大小に関わる「勇気」と食欲や性欲に関わる「節制」

第4巻 いくつかの人柄の徳の説明:その他いくつかの人柄の徳について

第5巻 正義について:人間関係における何らかの配分の等しさが正義であり、偏りが不正

第6巻 知的な徳:原理の種類や論証の前提と結論などで分類される。学問的知識、知性、思慮深さ、技術

第7巻 欲望の問題:正しい考えのもとで間違った行為をしてしまうのが「抑制のなさ」

第8巻 愛について:相手を思う善の愛が最も良い。相手が快楽を与えてくれる、有用であることによる愛もある

第9巻 愛について(続き):友人との愛が最高。幸福に生きるためには友人が必要な理由

第10巻 幸福論の結論:知恵の徳を働かせる活動が最も幸福。実践による幸福は二次的なもの。快楽は結果ではなく活動と同時に起こるもの

感想

正直、最後に語られる最高の幸福とは何か、についての結論を読んで腑に落ちない気持ちになりました。アリストテレスはそれまで一貫して、魂の善い性質を持っているだけでは幸福ではなく、それを実際の活動で実践して初めて幸福になれるということを主張しています。プラトンのイデア論とは違って実際の生活に根ざした考えに思えてすごく共感できました。しかし、それが最後に一転、最高の幸福は「観想」だということを言い出します。「活動」という言葉が、身体を使って外部に影響を与えることではなく、あくまで性質に対する何らかの「働き」を意味しているということなのでしょう。頭で考えを巡らせることも、確かに性質に基づいた何らかの働きであることは間違いないでしょう。でも、やっぱり腑に落ちません。友人と共に生きて、友人の善を見ることが幸福だとも言っているのに、最後に何でそれ?という疑問が拭えませんでした。

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