【書評】認知バイアスが隠す世界の進歩『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 』ハンス・ロスリング

社会

日々ニュースなどを見聞きすると、そこには貧困、紛争、環境破壊などの悲観的な話題があふれています。しかし思い込みをなくして統計データなどの事実を基に世界を見れば、世界は貧困や健康など多くの面で良くなってきているのです。本書ではそれを10種類の思い込みのパターンと、それに反する具体的なデータの例を示すことで明らかにしていきます。

メッセージの整理

本書は「10の思い込み」を軸に構成されているため、いくつかのメッセージが同時並行して語られる形になっています。まずはその主張の流れを整理してみました。

  1. 人間の情報収集と評価には、数多くの認知バイアスがある
  2. 認知バイアスをなくして見れば、世界は良くなっている
  3. 人類はこれからも進歩できるので、そのためのアクションを取るべきである

1. 人間が持つ認知バイアス

本の中では、多くの人が世界を悲観的に見る原因となっている10の思い込みが解説されています。これらは一般的に心理学で言うろの認知バイアスでしょう。認知バイアスとは、人間が情報の評価や意思決定の際に、脳の負担を減らしてスピーディーに処理するための、無意識に行う不合理な判断のことです。著者は世界を誤った目で見てしまう思い込みのパターンを10個にまとめていますが、いくつかは一般的な認知バイアスを具体例に当てはめたものになっているように見えます。

  • 分断本能、パターン化本能 → 代表性バイアス
  • ネガティブ本能、過大視本能 → 利用可能性バイアス
  • 単純化本能 → 確証バイアス
  • 犯人探し本能 → 根本的な帰属の誤り
  • 恐怖本能、焦り本能 → 二重過程理論

※以下の2つは例外だと思われます。

  • 直線本能 → 情報から未来を予測する際に使うモデルの誤り
  • 宿命本能 → 非常に緩やかな変化を情報として認識できない

例えば本の中で紹介される「ネガティブ本能」を例にします。メディアはより感情を揺さぶる話題を発信してアクセスを増やす必要があります。そのためには長期的にゆっくりと世界が良くなっている、なんていうニュースよりも、世界のどこかで起こった悲劇的な事件の方を取り上げることになります。日々接しているそういった情報が記憶から引き出しやすくなり、世界に対する評価が偏ってしまいます。これは認知バイアスの「利用可能性バイアス」に当てはまるでしょう。

2. 世界は良くなっている

そういった思い込みをなくして合理的に統計データを見ていくと、世界が年を経るごとに徐々に良い方向に向かっていることが分かります。著者はネガティブ本能の章で、減り続けている16の悪いことと増え続けている16の良いこととして、豊富な統計データを示してくれています。

例えば、飢餓、乳幼児死亡率、戦争や紛争の犠牲者、児童労働などが減っていることが分かります。一方、自然保護区、農作物の収穫量、女子教育、安全な飲料水、予防接種、などが向上しています。総じて人間の幸福に関して、世界がどんどん良くなっていると言える証拠がたくさんあります。

3. 人類はこれからも進歩できる

著者は自分のことを楽観主義者ではなく「可能主義者」だと述べています。ほっておけば世界は良くなる、と楽観的に考えているわけではありません。今まで人類が進歩してきていることは分かった、だからこれからも進歩することが「可能」だと考えているのです。

あくまで可能なだけなのであって、それを実現するためには人類ひとりひとりが行動していくことが必要なのです。人々が思い込みに囚われて悲観的になり、アクションを起こすことを諦めること、著者はそれを最も恐れているのです。

ベースにある思想

これは個人的な解釈ですが、著者のこれらのメッセージの影には、次のような思想がベースにあると思います。

  • 国家などの集団ではなく、人間ひとりひとりの個人としての幸福度が上がったかどうかを世界の評価の基準にする
  • 個人の幸福は、全ての人間に対して公平に評価する
  • なるべく多くの人を幸福にするための行動をとる

著者が極度に貧しかったモザンビークの病院に勤めていた際、万全でない医療体制の中で、目の前の患者に全力を尽くさず、状況の中で最も時間効率の良い処置をして済ませたことで同僚から非難される場面が語られます。そこで著者が次のように言います。

「いいや違うな。限られている時間と労力をすべて、病院にやってくる人のために使うほうが、医者として失格だ。同じ時間を、病院の外の衛生環境を良くすることに使ったほうが、よっぽど多くの命を救える。病院で亡くなる子供だけじゃなく、地球全体で亡くなる子供に対して、わたしは責任があるんだ。目の前にある命と同じくらい、目に見えない命は重い。」

P.163

一見、人類の幸福度を定量化して最大化する、功利主義的なロジカルでクールな考え方に見えますが、本書を読めば全く逆の印象を受けるはずです。著者の文章からは、目の前の人だけではなく「人類全体」に対して持つ深い愛情を感じることができます。

合わせて読んで欲しい本

これを読んだ後には、ぜひスティーブン・ピンカー著『21世紀の啓蒙』を手にって欲しいと思います。人類が進歩しているという認識を同じくして、そこから一歩進み、その進歩を止めないためにはどういう思想を持たないといけないのか、そしてその思想がどのように脅かされているのか、を述べています。

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