宇宙飛行士の資質
ニール・アームストロングは感情をほとんど表に出さない人です。冒頭にX15が大気圏に戻れなくなるトラブルの際もいたって冷静に対処し、命からがら地不時着しても平然とした態度です。ジェミニがドッキング中のトラブルで高速回転をした時も、気絶寸前でも冷静に対処してしまいます。
そんな冷静沈着な彼の性質のおかげで、NASAに採用され、アポロ計画の船長にまで抜擢されるのです。そしていよいよ月への着陸の時、岩場が多く着陸が困難と見るや、操縦を手動に切り替え、残り少ない燃料を最後まで使い切ってギリギリのところで着陸に成功します。その冷静さによって、人類初の月面着陸の偉業を成し遂げることになります。
感情を出さないニール
ともすれば、彼には感情自体がない、もしくは非常に弱いのではないかと思ってしまいますが、そうではありません。娘が病気で亡くなった時には人目のないところで涙を流し、その後もその悲しみが心から消えることはないのです。冷静なまま乗り切ったように見える数々のトラブルも、実際は彼の中に恐怖や緊張感があったように見えます。X15の飛行シーンでは、きしむビス、轟音、振動、そしてニールの呼吸など、様々な要素が観客に緊張感を伝えてきます。
プライベートでも良い関係を築いていた宇宙飛行士の仲間たちですが、次々と事故で亡くなっていきます。電話口でそれを知らさるシーンで彼は、思わず持っていたグラスを割ってしまいます。しかし、そんな感情を彼は他人に一切見せない。それは妻や子供達に対しても変わることはありません。
犠牲になる家庭
ニールは娘が死んだ後、そのことを一切妻と話していません。悲しむ姿も見せないです。同僚が死んだ時も、その悲しみを妻に話して共有することはせず、ただ一人庭で星を眺めるだけです。感情を家族と共有しないのだから、決して幸福な家庭を築いているとは言い難いですね。ニールは辛さや恐怖を全て自分の中に押さえ込んで、処理してしまいます。それを見ている妻の虚しさ、孤独さといったらないでしょう。月へ行くための宇宙飛行士としての資質と、それの犠牲になる家庭。大きなことを成し遂げたニールですが、その影にあるこういった矛盾も、英雄の魅力の一つかもしれません。
2度目の涙
映画の中でニールは2回涙を見せます。1回目は娘が亡くなった時です。それ以来、彼が感情を表に出すシーンはラストまでありません。ラスト、月から地球を見た彼は、亡き娘を思って2回目の涙を流します。真空の中で音もなく、月面の荒涼とした背景の中で、抑えてきた彼の内面がほんの少し溢れ出すシーンはとても感動的です。
でもそれも一瞬のこと。彼はすぐにヘルメットのバイザーを下ろし、彼の顔(=感情)は観客から見えなくなってしましまいます。TVで月面を歩く姿を見て熱狂する民衆たちは、それを人類の偉業として称えます。一方、月という隔絶された世界で、ニールの内面が深く描かれるラストシーンの対比が印象的です。
そして危険なミッションを終えて地球に帰還した彼は妻と面会しますが、なんとそこで彼は一言も喋りません。彼の資質は変わることはないのです。
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