劇場アニメ『未来のミライ』のネタバレ感想です。最後には作品をより楽しむための参考図書を紹介します。
賛否両論ある作品のようですが、その原因はついつい観客が子育てする親の視点で観てしまうせいじゃないかと思います。この映画の主人公は誰か、それは4歳の男の子くんちゃんなんだということを忘れずに観たほうが良いです。
4歳児の精神世界
自分が4歳だった頃を思い浮かべてみましょう。妄想と現実、夢の中と起きている時、果たしてそれらを完全に区別して認識できていたでしょうか?かなり怪しいと思います。タイムスリップや変身など、この作品の脈絡のない数々の不思議なエピソードがどんな仕組みなのか、なぜ起きているのか、そんなことを考えてしまうのは自分が大人だからと考えてみたらどうでしょう。これは4歳のくんちゃんの物語です。現実世界で触れたり聞いたりしたもの、それが彼の頭の中で妄想や夢と渾然一体となってどんな物語になっているのか。そういう視点で観た時に、この作品に感じる違和感はかなりの部分消せると思います。
描写が丁寧で素晴らしいだけに、子育てに奮闘する夫婦の姿の印象が強くなってしまします。ついついその目線から子供をと世界を見てしまいがちです。でも、その大人たちはあくまでくんちゃんの周りの世界を構成する要素のひとつにすぎません。
変わり始めるくんちゃんの「世界」
4歳児のくんちゃんにとっての自分と世界の関係、それは完全に「自分」vs「世界」です。両親、犬、親戚、犬、家、街、といういった様々なもので作られた世界があって、それが自分の周りに存在しているのです。そこに1つの特異な存在が現れます。それが妹のミライちゃんです。今まで自分にだけ注がれていた両親の愛情を奪っていくミライちゃんという存在に、くんちゃんは激しく嫉妬します。彼女はこの世に初めて現れた、世界の中での立ち位置が彼にとても近しい存在です。そのミライちゃんの未来の姿に出会ったところから、彼の世界が変わり始めます。
ミライちゃんと自分、犬のゆっこと自分、子供の頃の母親と自分、父親とひいじいじ、いろんな関係性が少しずつ見えてきます。父親や母親にも過去があり、ミライちゃんや自分に未来がある。さらにそれはひいじいじやひいばあばの過去と繋がっている。素晴らしい映像表現で美しく描かれる過去、未来、空想の世界で、くんちゃんは世界の繋がりを垣間見ることになります。
世界と繋がる瞬間
未来の東京駅で迷子になったくんちゃんは、駅員に両親の名前を聞かれるけど答えられません。2人はまだ彼にとって「お父さんとお母さん」であり世界のまとまりの中の一部だったのです。クライマックス、彼は家族の中で唯一自分が「名前」で呼ぶ存在に気づき、迷子ではなくなります。関係性の海を旅した彼は現実世界に戻り、家族でのお出かけに出発する。その彼の目には、以前とはほんの少し違った世界が見えています。
これは4歳児の物語であり、我々大人にとってはとっくの昔に過ぎた去った体験です。でもくんちゃんの視点に立ってその体験をリピートすることで、当たり前すぎて忘れていた何かを思い出すことができる気がします。
参考図書
『神は、脳がつくった』E.フラー・トリー
くんちゃんの他者のとらえかたの変化がテーマだとすると、心の成長を扱う分野である発達心理学の本を紹介したいところですが、あいにく未読です。そこでちょっと変わって、人間の脳の進化を扱った本を紹介します。ホモ・エレクトスが自己認識の能力を持ち、ホモ・サピエンスが心の理論(他者の心に入り込んで共感する能力)を身につけた、というような進化の流れが書かれています。この進化の過程と、人間の発達の過程は同じような道筋をたどることがわかっているそうです。
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