素粒子物理学の研究者である著者が一般向けに行った宇宙についての講義をまとめた本です。宇宙にまつわる研究の最先端は、素粒子レベルのミクロな世界から宇宙全体の成り立ちに至るまで、もはや一般人の認知できる範囲をはるかに超えた抽象的な内容になっているというイメージでした。でも、この本は本当にすごいです。そんな難しい宇宙の話題を、徹底的にシンプルなイラストと、ぱっと理解できる例え話を交えてわかりやすく解説しています。物理学の基礎も知らない素人でも、楽しみながらいっきに読めて理解できる、奇跡のような講義になっています。
本書は4章構成になっています。ブラックホール、ビッグバン、暗黒物質、宇宙の歴史、の4つのトピックについての講義と、いくつかのコラムを挟んであります。そのコラムだけでも十分楽しめる内容の濃さです。
ブラックホールは紙の上で生まれた
宇宙についての理論の数々が、まず研究者がおもいついて紙の上に書いた仮説からスタートしているのが面白かったです。ブラックホールも、アインシュタインの一般相対性理論の式を解いていたシュヴァルツシルトという人が、ある質量を持つ物体の半径をどんどん小さくしていった時に、ある半径で時空の歪みがおかしなことになることを発見したそうです。その半径からは、光ですら脱出できないことになります。
そんな机上の荒唐無稽な話を聞いて、それが宇宙に実在するなんて普通考えないですよね。でも物理学者たちは違うんですね。その理論をどんどん展開していって、なんと恒星が崩壊する時にブラックホールができるはずだという理論を導き出してしまいます。でもどうやってそれを観測して検証するのか?。ブラックホールの中からは光も出られないのでそれを観測することは不可能です。そこで、ブラックホールの近くの天体からガスがブラックホールに吸い込まれる時に、こういう形になる!というのをコンピュータシミュレーションで描いてみる。そしてそのガスの形が観測できれば、そこにブラックホールがあるはずだ、と仮説を立てるのです。そしてなんと、驚くことに実際にそれが観測されたそうです。なんというか、この科学の力のすごさに圧倒されてしまいます・・。
「暗黒物質」はまるでファンタジーの世界
宇宙の空間には目に見える物質だけではなく、「暗黒物質」(ダークマター)という謎の物質が薄く分布しているという説があるそうです。銀河団の回転速度を調べていたツヴィッキーという人が、銀河団の物質の質量と回転速度に矛盾を見つけたのが発端だそうです。分かっている物質の他に、何かが宇宙空間に存在していないと辻褄があわないと。
これだけ聞くとまるでファンタジーの世界のようで、「あれ、ほんとに物理の話なの?」を一瞬考えてしまいます。でも、これはれっきとした物理学の有力な仮説なんです。それがあると仮定すると宇宙の現象がうまく説明できてしまう。しかしその暗黒物質は今のところ正体が謎で、もちろん観測もされてはいません。
まるでSF小説を読んでる気分になりますが、ブラックホールの例を見ると、それが決してファンタジーのまま終わらないのが物理学の世界だと思えてきます。将来その正体が判明して、観測され、ダークマターの存在が「常識」として語られる日が来るのか、それとも全く違う説がそれをくつがえすのか。本当に面白すぎます。もし自分の生きている間に進展があってなんらかの結論が出される日がきたら最高でしょうね。
視野の広がり方が半端じゃない
よく、こういった宇宙の話を聞くと自分の狭い視野が広がる、というような話を聞きます。でも、いざ本書を読み終えてみると、その広がった視野のあまりのスケールの大きさにクラクラしてしまいました。著者は素粒子物理学の専門家ですが、素粒子といったら高校で習った原子よりもさらにミクロの世界の話です。本書の話題ははその素粒子レベルの話から、気の遠くなるような大きさを持つ宇宙全体の話まで及んでいます。自分が普段認知できる範囲で言ったら、「原子」や「太陽系」などの時点でとてつもなく抽象的な世界です。それが素粒子とか、ビッグバン後に広がり続ける宇宙なんかの話になったら、自分の想像力の範囲をあまりに超えていてもはや笑えてきます。
もう誇張じゃなくて、自分の日々の悩み事なんて小さなことだと思えてきますよ。月並みですが、本当にそうです。目の前のことに役立ちそうなビジネス書なんかを読むのも良いですが、たまにはこういうスケールの話について書かれた本を読むのも大事ですね。
世界の見方を変えるポイント
宇宙や素粒子の話は、視野が広がることもそうですが、この世界に対する自分の固定観念を崩してくれる面もあると思います。この本に書かれていることの多くは、もはや自分が普段の生活で持っている世界に対する常識とあまりにかけはなれていて笑えるほどです。物質も「力」も還元していくと素粒子でできているとか、重力は空間の歪みであるとか、宇宙は中心から外に広がってるんじゃなくて端のない風船みたいなものだとか・・。そんな話を聞いていると、自分の常識とか固定観念なんて本当にちっぽけでどうでもよいものだと思えてきます。
これを読んで興味を持った人には、S・シン著『宇宙創生』もおすすめです。宇宙の謎を解く研究者たちの長い歴史を、ドラマティックなストーリーとして読むことができます。
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