【書評】若返り薬がSFではなくなる『LIFESPAN ライフスパン』デビッド・A・シンクレア

科学

老化を防ぐどころか、若返ることができる薬や治療法が、遠くない未来に実現する(!)。そんな内容の本だと聞いたら、それは良くてSFかファンタジー、もしくは怪しげな新興宗教か何かの本なんじゃないのか?と疑いたくなります。ところが、本書でそんな主張をしている著者は、れっきとしたハーバード大学で老化生物学を研究している教授なのです。

現代の医療技術をもってしても、人間が老化して死ぬことは防ぎようがない。せいぜい80歳、がんばっても100歳までしか生きられず、しかも晩年はいくつもの病気をかかえて辛い生活を余儀なくされる。私たちはそれが常識だと思っています。でも、その裏で人知れず、最先端の老化研究の世界ではパラダイムシフトが起きようとしているのです。その衝撃の内容を読めば、人生に対する見方が180度変わってしまいます。

老化の原因が分かりつつある

人間の体の設計図はDNAに保存されています。そのDNAは、放射線などによって一部が損傷しても、よっぽどひどい損傷でなければ修復されるそうです。老人になっても、基本的にはDNAの情報は劣化せず持ち続けることができます。では老化とは何が劣化することで起こるのか。著者は、その原因が「エピゲノム」の変化にあると考えています。

エピゲノムとは、DNAの外部にあるアナログ情報の総称だそうです。DNAを持った幹細胞が細胞分裂して様々な種類の細胞へと枝分かれし、体を構成していきます。そうすると、なんで同じDNAを持つ細胞から、違う種類の細胞たちが生まれるのか?という疑問が浮かびます。その細胞の枝分かれをコントロールする要素を総称してエピゲノムというらしいですが、本書ではそのレトリックだけが語られて、化学的なエピゲノムの説明は一切ありません。少々もやっとしてしまいますが、素人の読み物としての限界線を引いたんだと思います。

デジタル情報であるために修復が可能で安定しているDNAに対して、アナログ情報であるエピゲノムは不安定です。そのエピゲノムの変化が蓄積することで細胞のコントロールが徐々に失われ、間違って作り出された老化細胞によって様々な症状が人体に現れてくるんだそうです。

そして、いったん老化の原因に対する仮説ができあがってしまえば、その変化を抑える、もしくは変化を逆戻りさせるための治療薬となる物質の候補がいろいろと発見されていきます。すでにいくつかのマウスを使った実験で、数十%も寿命が増えたりといった効果が確認されている物質がいくつもあるそうです。そういった実験の進展のスピードを見ると、いずれ人間に対する臨床試験へと進み、老化防止、さらには若返りの薬が完成する未来がくることはほぼ間違いないと著者は言います。

今からできる老化防止策

そんな治療薬ができあがるまで待たなくても、今の時点でも普段の生活で実践できる老化防止策がいくつか紹介されています。

  1. 間欠的に断食し、空腹状態を作る
  2. 運動する
  3. 肉を食べずに、植物性たんぱく質を摂る
  4. 寒いところで過ごす

などなど。一見して辛そうなものばかりに見えます・・。長寿遺伝子を働かせるためには体にストレスを与えるのが良いそうです。だから、楽して若返ろうなんて甘い考えはもっちゃいけないということですね。

現実的にできそうなことで言うと、朝食を抜いて昼を遅くして1日16時間の断食をする方法。短時間の運動で負荷をかけるHIIT。食事を「なるべく」野菜中心にする。サウナに入ってから水風呂に入る。などといったものがおすすめされています。それでもなかなか難しそうですが、本当に実践すれば80歳でも元気で動き回ることも夢ではないそうです。個人的には、早く楽して若返ることができる治療薬ができないかな〜、と甘ったれたことを考えてしまいましたが。

老化を病気だと考える

著者が本書でいちばん主張したいことは、老化を「病気」の一つだととらえようということです。老化は誰しもが避けられない、「しょうがない」現象だという先入観が、老化に対する研究にブレーキをかけているというのです。老化の結果として起こるガンや心臓や肺の病気といった個別の病気の治療や研究に多くの資源が割かれ、老化そのものに対するリソース配分がとても少ないのが現状だそうです。多くの予算をかけて個別の病気の治療法を研究し、高齢の患者が多額の治療費をかけてまで苦しい思いをしながら治療を続け、結局はわずかな寿命を伸ばしているに過ぎない。しかもその伸びた寿命の期間は寝たきりで、健康で幸せな生活を送れるわけではありません。

一方で、もしその上流にある老化という「病気」を治療することができれば、老化が原因で起こる数多くの病気を防ぐことができ、健康寿命を伸ばし、医療費も縮小できる、などなど多くのメリットがあります。だから老化を病気だと考え、その分野の研究にもっと人や予算を配分するべきだというのです。

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