【書評】『時間は存在しない』カルロ・ロヴェッリ

科学

時間はいつでもどこでも同じように経過するわけではなく、過去から未来へと流れるわけでもない―。“ホーキングの再来”と評される天才物理学者が、本書の前半で「物理学的に時間は存在しない」という驚くべき考察を展開する。後半では、それにもかかわらず私たちはなぜ時間が存在するように感じるのかを、哲学や脳科学などの知見を援用して論じる。詩情あふれる筆致で時間の本質を明らかにする、独創的かつエレガントな科学エッセイ。

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感想

時間は存在しない(!)そんな衝撃的なタイトルを見て、いったいどういうことなのかと楽しみに読み始めました。なにせ、自分の意識の中では間違いなく時間の流れを感じていますし、時計は刻一刻と時間を刻んでいます。でもその意識の中の時間を客観的に証明することはできませんし、時計の針も人間が認識しているものに過ぎません。だから時間が存在するということは言い切れない。読む前に想像していた内容はそんなところでした。

ところが、本書に書かれていたのは全く違った内容で、良い意味で予想を裏切られました。前半は最新の物理学研究から時間について分かっていることが自然科学の言葉で説明されます。一方で後半は、古代から現在までの自然哲学の歴史なども踏まえた、人文的な考察に一転します。

まず前半では、アインシュタインの相対性理論以降の物理学の成果から、時間という概念が崩壊する様を描きます。重力によって時間の速さが変わる、物体の速度によって時間の速さが変わる、時間には過去と未来という方向性がない、あらゆるものに共通の「現在」は存在しない、時間は連続ではなく離散的である、などなど。この世界全体で共通の、過去から未来に向けて一定の速さで進む時間というものは存在しないのです。さらに著者が提唱するループ量子重力理論によれば、この世界は時間の流れに乗って物事が変化する因果と結果のメカニズムではなく、物事の相互作用のネットワークがあるのみだというのです(理解は半分程度です・・)。

そうなると、時間というものは人間の意識が作り出す幻想に過ぎないということになるのでしょうか。ここからが面白いのですが、著者は人間が認識する時間を無意味なものとして否定するだけではありません。どういうメカニズムで時間を認識するかの仮説を提示していくのです。この宇宙はエントロピーが増大する方向にしか変化しない、世界の中の得意なシステムの中にある、そのエントロピーが増大する流れを人間が時間という概念を当てはめている、というようなことが書かれていたと思います。そして人間の脳内で作られる「記憶」が、過去と未来の方向性の認識を作り出しているのです。

物理学系の読み物に共通するのですが、難しい理論を数式を使わずにイメージで伝えようとするために、どうしても言いたいことの本質がわからないという問題があります。難しい数式でないと正確に表現できないことを簡単に説明したら、当然その理論を正確に理解することは不可能です。特に本書は、哲学などの古典からの引用や詩的な表現がちりばめられていて、よりいっそう物理学の詳細には靄がかかったような状態になります。そんな文章スタイルを楽しんで読もうという姿勢でいれば良いのですが、時間について精緻な理解をしようと思って本書を開くと、その困難さに苛立ちを感じてしまうかもしれません。

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