映画『パラサイト』のネタバレ感想です。作品をより楽しむための参考図書も紹介します。
格差社会の現状認識
この作品は見てわかる通りに韓国の格差社会を浮き彫りにする内容です。しかし本当にすごいのは、貧しいものから搾取する富裕層を糾弾するという安易な視点で描かれていないことです。金持ちのパク一家は決して悪人ではないし、貧乏なキム一家も最後は悲劇的に加害者になってしまいますが、そもそもは極端に悪い人たちではありません。今の社会構造の中で、意図せずそういう生き方になってしまっている人々がいるだけなのです。これって、誰かを悪人にできない分、余計に辛い状況だな・・と思ってしまいます。
善良だが無自覚な富裕層
パク一家は、一言で言えば普通に良い人たちです。基本的に優しいし、積極的に人を騙すようなことはしません。礼儀正しく、貧しい人たちを裏でバカにするようなこともありません。美人な奥さんのヨンギョはある意味純粋で、キム一家の嘘をことあるごとに信じます。
では彼らに罪はないのかというと、そうではありません。彼らは徹底的に貧しさに対して無自覚なのです。貧しくて将来の希望もないような人たちがいることを意識せず、世の中を裕福な自分たちの視点からフラットに見ているのです。
パク社長がギテクのことを「変な匂いがする」と言うシーンがあります。でもその一方で、ちゃんと彼の仕事ぶりを褒めているあたり、決してけなしているわけではありません。貧乏人を見下す悪党な金持ち、なら見ている方も単純に怒りを覚えるだけで良いのですが、そうではないことで逆に救いがない状況になっています。
利己的で将来設計のない貧困層
一方で貧困層のキム一家は、ヨンギョをうまく騙してパク家の仕事を独占します。その際に、もともと働いていた運転手や家政婦を謀略で蹴落とす非道ぶりです。その後、元家政婦の旦那がパク家の地下室に住んでいるという衝撃の事実が発覚します。そこで象徴的なのは、半地下に住むキム家が本当の地下に住む夫婦と泥沼の争いに入っていくところです。貧しいもの同士、協力して助け合って生きていかなきゃいけないはずなのに、お互いが金持ちに寄生するポジションを争いあって足を引っ張り合い、言ってみれば自滅していくのです。貧しい中で、他人のことを考える余裕がなくなっているのでしょう。
終盤、父親のギテクが言います。「どうせ計画してもその通りにならないのだから、無計画でいるのが一番良い」と。貧しさから抜け出す計画をしっかり立てなきゃいけない立場の人が、貧しさのせいでその思考力を失っていく悲劇がそこにはあります。「計画を立てないから貧しい」のではなく、「貧しいから計画が立てられない」のです。
そして最後にギテクが立てる計画は「金持ちになること」です。この社会の構造を変えることは到底できない、だから自分がそのシステムの中で勝ち組になるしか方法はないのです。仮にそのほとんど不可能な計画が実現した時、果たして彼は負け組に残された人々のことを考えることができるでしょうか?
貧困がIQを下げ、長期的な視点を奪う
この映画を見て『隷属なき道』という本を思い出しました。ベーシックインカムについての本ですが、貧困の自己責任論に対する反論が書かれています。
『隷属なき道』ルトガー・ブレグマン
貧困に陥ると人は、欠乏感を強く持つようになります。欠乏感は人を目の前の解決するべき問題に集中させ、長期的な視点を奪っていきます。例えば、国に生活保護などのセーフティーネットがあるにも関わらず、本当に貧しくて視野が狭くなっている人は、その制度を知ることもできないし、自分がその対象であることを調べるという発想も持てなくなる場合があります。それは、教育レベルが低いからそうなるといった因果関係ではなく、お金がないことそのものが要因となっているというのです。
この本に書かれているのですが、インドで人々の貧困と認知能力の調査を行なったところ、なんとIQが13ポイントも低下するという結果が出たそうです。目の前の不安の解決に、脳の処理能力の多くが割かれてしまっているのです。
それでもエンターテイメント
映画の内容に戻りますが、この作品の一番すごいところは、こんなに重くて救いがない現状を描いているにも関わらず、エンターテイメントとして楽しく見られるところだと思います。前半のキム一家の策略の面白さ、後半のパク家からのスリリングな脱出劇。それらを絶妙にコミカルな演出とセリフ回しで見せてくれるところは本当に脱帽ですね。それでも最後は安易なメッセージや解決策を示すのではなく、悲劇で終わらせます。観客をすっきりさせて帰らせるのではなく、心にちょっとしたモヤモヤを残して終わるのです。
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