【書評】分かりやすすぎて危険『続・哲学用語図鑑』田中正人

哲学

哲学の難しい用語の意味を、ポップなイラストで初心者向けにわかりやすく解説してくれる『哲学用語事典』の続編です。予備知識は何も必要ないので、哲学に興味を持った人が最初に読む本としておすすめです。相変わらずこのシリーズは、驚異的な分かりやすさです。

前作『哲学用語事典』で紹介しきれなかった哲学用語を紹介しています。中国哲学、日本の哲学者、大陸哲学、英米分析哲学、の4つが本書のテーマです。理系の自分にとっては、科学ともつながりの深い分析哲学に多くの紙面が費やされているのが嬉しいところです。

諸子百家と西洋哲学

本書はたまたまなのか、中国の哲学と近現代の西洋哲学が1冊にまとまっています。その対比がすごく面白かったです。紀元前の諸子百家の時代は本当にバリエーション豊かな思想が一気に花開いた時代で、個人的にすごく好きです。その思想の特徴は、真理や本質といったものの追求ではありません。もっと現実的な、道徳や政治といった今を生きるための指針になる思想が中心です。例えば儒教では、人を愛する心(仁)と礼儀作法(礼)といった「いかに生きるか」ということが説かれてます。一方で道教では、仁や礼といった作られた価値よりも、自然の姿を見習って「生きる」ことを説いています。その他にも兵家や法家なんてもっと実用的な思想です。

それが西洋の大陸哲学や欧米哲学の章に入ると一変します。客観的な事実は存在するのか、それは認識できるのか、科学の知識は本当に正しいのか、などなど、人の生活に「役に立つか」という観点からは別の次元で語らえる話ばかりになってきます。以前、仕事でフランス人と会議していた時に「もっとプラグマティックな論議をしよう」と言われたことがありました。その時はプラグマティックの意味が分からなかったのですが、調べたら実利的とか実用的って意味だそうです。その時思ったのが、そもそもプラグマティックなんてことを言うってことは、その背景に「厳密に正しい」議論をすると言う前提があるからだろうな、と思いました。そういう意識って、日本の会社で仕事してるとなかなか持てない気がします。

この本で満足したら危険

このシリーズの分かりやすさは本当に凄いですが、それゆえに読む側にとって危険性も秘めてると思います。それはこの本を呼んで哲学が分かった気になって、それで満足してしまうという危険です。哲学の原著などは読んだことはないですが、本屋で立ち読みして見ると、あまりの難解な文章を見て買う気が失せるものばかりです。でも、それだけ難しい本で語られているということは、それをたった1ページのイラストで完全に説明するのは不可能だということではないでしょうか。そうした難しい本を読まずに、哲学はこの本でOK!という気分になるのはまずいですよね。

本書の正しい読み方は何だろう?と考えた時に、それは決して哲学を「理解」するためではないと思うわけです。そうではなくて、この本の楽しいイラストで哲学者や用語にポジティブな興味を持つことで、そこからもっと詳しく書かれた別の本に向かっていくモチベーションをもらうことではないでしょうか。哲学のさわりの部分だけを眺めるためにこの本を読んで、ふむふむそんな感じね、と言って終わらせてしまうのは、絶対にやめた方が良いです。

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