古代ギリシアの哲学者プラトンの、言わずと知れた代表作中の代表作です。読んだことはなくても、イデア論とか哲人統治とか、何となく聞いたことがある人も多いでしょう。タイトルだけ読むと、理想の国家について書かれた政治学がテーマの本に見えますが、意外にも作品を通して議論されるメインテーマは「正義」です。正義とは何なのか、不正に走らずに正義を通すことにどんなメリットがあるのか。それを証明するための材料として、国家やイデア論が語られています。
人間の魂の正義を語るための前段階として、人間より大きな単位である国家の性質について議論を深めた後、それをアナロジー(類推)として人間の魂に当てはめていく流れになっています。国家は哲学者によって統治されるべきだという結論を出した後、同じようにひとりの人間の魂もその中の哲学者の精神によってコントロールされるべき、と当てはめていくイメージです。有名なイデア論も、それ自体を主張するためというよりは、イデアを知ることこそが善であり正義であるという結論を出すための根拠として語られます。
基本情報
作者:プラトン(古代ギリシアの哲学者)
成立年:前375年頃
翻訳者:藤沢令夫
発行日:1979/4/16
ページ数:上509, 下551
ジャンル:NDC 131, 哲学>西洋哲学>古代哲学
読みやすさ
難易度:79年の翻訳ですが、とても読みやすくて今読んでもあまり古さを感じません。対話形式というのもあってサクサク読むことができます。
事前知識:不要です。詩や悲劇を批判している部分は、ホメロスや悲劇作家の作品を読んでおくとより楽しめるでしょう。
おすすめ予習本:
目次とポイント
第1巻:正義とは何か、正義のメリットは何か、という問いが立てられる
第2~4巻:国家の統治者に求められる素養と教育。国家の知恵、勇気、節制から個人の魂の3区分(理知、気概、欲望)へ
第5~7巻:理想国家のあり方。統治者の男女同一職(!)と子供の共有、哲学者による統治。イデア論
第8~9巻:現実に見られる不完全な国家制度の例と、それに対応した人間の性質
第10巻:事物を真似することでイデアから遠ざかっている詩や演劇に対する批判。魂不滅と正義の報酬
感想
序盤にソクラテスに周囲の人たちが立てる「正義」についての問いを聞いた時に、「それそれ!その答えが知りたいんだ」とテンションが上がりました。どんなに不正を働いても罰せられない力を持っている人が不幸で、いっぽう正義を貫いているけど他人から不正を受けて苦痛を被る人生が幸福であると果たして言えるのか。それに対する何らかの明確な証明が得られるのではないかと、わくわくして読み進めました。結果から言うと、自分としては満足する答えが得られたとは言い難いというのが正直なところです。物事の真理を知ることが幸福で、それによって悪い欲望を抑えたりすることが正義だというは良く分かる話ですが、それが社会から肉体的、精神的な苦痛を受けたり殺されたりすることを相殺してくれるとは思えませんでした。食うに困らずに平穏に暮らしていて、かつ哲学者である状態が幸福であることはゼウスに誓って同意できるのですが、あくまでその前提があってこそだと感じてしまいます。最後に語られる正義の報酬も、魂の不滅や神の存在といったスピリチュアルなものを後ろ盾にしています。
とはいえ、国家制度の分析やイデア論など、個々の議論は抜群に面白く、今読んでもさほど古さを感じません。統治者層に限定しているとはいえ、プラトンがこの時代に男女の同一職を主張しているのもすごいことだと思いました。一方で妻子の共有や芸術活動の規制など、今聞くととんでもない提案もあり、それはそれで面白いです。
コメント