【書評】政治は誰のためか?『政治学大図鑑』

政治

個人的には政治にはあまり興味がありませんでした。日々のニュースで政治の話が出ると、明らかに国民のためにならない政策を強引に推し進める政治家に対する怒りと、その構造がどうにも変わらないことへの苛立ちばかりがこみ上げてきて、どうしても楽しめないのです。でも最近DK社の社会科学系の図鑑シリーズにはまっていろいろと読んでいく中で、政治学編もあるというのでせっかくなので買ってみました。少しでも政治の話題を楽しめるようになるかも、と期待して。内容はこのシリーズの定番で、孔子に始まり現代までの政治思想の流れを、政治学者や政治家を軸に網羅的に紹介しています。

人間の利己性との戦い

古代ギリシアの哲学者アリストテレスのところで、彼が当時の周辺世界の政治体制を分類したことが紹介されています。統治する人の人数と、誰の利益を追求するか、の2軸で分類されています。全ての人民のための適正な統治としては、君主制、貴族制、ポリティアがあり、一部の人間の利益のための腐敗した政治には、専制政、加藤政、民主制、といった具合です。ここでいう「適正な統治」を実現する難しさが、古代から現代まで一貫して存在する政治の困難なテーマになっている気がしました。

その難しさは、人間のDNAに刻まれた利己的な性質のせいです。1人、もしくは少数の人間による統治を選んだ場合、うまく利他的で国民全体の利益を考える人統治者が選ばれ続ければ良いですが、そうも行きません。権力欲や私利私欲を追求する統治者が必ず現れ、政治は腐敗します。では民主主義なら良いかというと、結局は多数決ゆえの問題に直面します。個人が自分の利益になる政策を選んでいく結果、多数派の利益が追求されるだけです。これに対して利己的な政治家や国民が悪いという道徳論だけを語っても、政治のシステムを変えないことには意味がありません。でもそのシステムを変えるためには人間に道徳が身についていないと始まらない、という鶏卵のどうどう巡りになってしまいます。

では、国民の利益を無視する政治家に怒りを感じている自分自身は、果たして彼らとは違う利他的な人間なのか?そう考えてみるとぞっとします。例えば、「これからあなたの収入の半分を税金として徴収します、それを貧しい人たちに再配分します」と、ある日国から言われたら自分はどう思うだろうかと。自分の利益が減ることに対して負の感情が爆発し、「なんでオレが頑張って働いて得たお金を、他人に渡さなきゃいけないんだ!」「貧しいのは、頑張って働いてないからだろう!」「そんなことしたら働くモチベーションがなくなる」なんていうことを次々と考えて、抵抗する立場に立たない自信はほとんどありません。

政治思想としての「功利主義」や「無知のヴェール」という話は理屈ではよくわかります。自分という立場を捨てて、社会全体がどうしたら幸福になれるか追求するのが良い政治のはずです。でも、政治家も含めて全員がそれぞれ1人の人間であり、「自分」という立場を捨てて考えられるような徳のある人間なんて、そうそういるものではありません。だから、その利己性をうまく使って結果的にみんなが幸福になるシステムを作るしかありません。例えば、個人個人が自己の利益を追求しながら技術革新をしていって、結果として社会全体が経済成長していくことを目指す経済学の「自由主義」などです。しかし、そういったシステムは必ず豊かな人と貧しい人の格差を拡大させます。富裕層がその有利な立場を守るために行動し、その格差を固定化していきます。

自由か平等か

もう一つのやっかいな問題は「自由」と「平等」の対立です。人間が幸福になるためには、誰からも支配、抑圧を受けない自由な状態であることが必要です。でも、自由であることをとことん追求していくと、それは他人を無視して自分だけが利益を得る行為も自由だ、ということになります。国が取っていく税金も、自由の抑圧だということになります。その行き着く先が、本書でも紹介されている無政府主義の思想なんでしょう。格差が広がり、裕福な人が「自己責任」で貧しくなっている人から搾取する社会が生まれるかもしれません。

一方で、人々がみんな幸せな社会を作るためには、格差がなく平等であることが必要です。生まれや育ち、持って生まれた才能などに左右されず、みんなにチャンスがある。そして、結果として成功する人も失敗する人もいるが、成功した人からの富の再配分によって、あるていど失敗した人も豊かに暮らせる社会です。でも、平等も極端に追求していくとどうなるでしょうか。どんなに自分が頑張って得た富だったとしても、それが国に奪われ、みんなに配分されてしまう。もしくは、自分の事業が規制でがんじがらめになり、やりたいことをやる自由が奪われる、そんな社会です。

この自由と平等のバランスについては本書を読み進めても最後まで答えらしきものは出てきません。結局、自由だと儲かる富裕層と、平等だと儲かる貧困層といったように、立場によって何が「正しいか」が変わるだけのようにも見えます。

今後も政治学の世界は進歩していくんでしょうけど、こういった根の深い問題を解決する方法論がそうそう簡単には生まれてこないだろうな、思わずにはいられません。なんだ、結局は政治の本を読んでも憂鬱な気持ちになるだけかと思う面もありましたが、一方で政治に対する興味が少しは持てたような気もします。

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