人文・社会系の分野の用語を豊富なイラストと最低限のテキストで徹底的にわかりやすく解説する『哲学用語図鑑』から始まるシリーズの心理学編です。哲学と社会学の巻がすごく良かったので、今回も手に取りましたが、やはり安定したわかりやすさですね。
心理学の歴史の流れがわかる
本書は用語大全ということで、用語を順番に解説していく構成ですが、実はそれだけではありません。用語が心理学の分野ごとにまとめられているのですが、その章の構成がおおまかに心理学の歴史の流れをつかめるようになっているのです。用語をながめながら読み進んでいくと、なんとなくその流れが頭に入ってきます。
まず心理学の誕生です。ギリシアの哲学者からデカルト、ロックに至る哲学の時代があります。その後、ヴントが世界で初めての心理学実験室を作り、科学としての心理学が誕生することになります。
その後心理学は大きく2つの流れに枝分かれしていきます。1つは条件づけを発見したパブロフの犬で有名なパブロフに始まる「行動心理学」です。人間の心の中は本人にしかわからないので、客観的に観察することはできません。だから外部からの刺激に対する人間の行動だけを研究対象にする立場が行動主義です。食べ物を見たら唾液が出るといった生理的な反応である古典的反応と、宿題をやったら褒められたのでもっとやるようになるといった、報酬による行動の強化であるオペラント条件付けなどの用語があります。そこではインプットとアウトプットだけが重要であり、その間で心がどう機能しているかは問題にされません。
もう1つがフロイトに始まる「精神分析」です。人間は自分で認識できる意識とは別に、認識されない「無意識」によって行動が左右されている。その無意識を分析することで、精神病患者の治療法を研究する分野です。フロイトの夢判断なんかが分かりやすい例でしょう。でも、そもそも当の本人にすら分からない無意識の構造に対しての理論を作るわけなので、行動主義なんかに比べるとあまり科学的に厳密なものにはなり得ません。
対照的で相容れない2つの分野ですが、その後の「認知心理学」が新たな展開を生みます。行動主義に対して、もう1度人間の心の働きに立ち戻りますが、その立場は精神分析ほど思索的ではありません。刺激と行動の間の人間の記憶や思考などの認知について研究しますが、それは認知をコンピュータの情報処理のように、まるで機械だとみなして考えます。記憶がどういう仕組みになっているかや、思考のエラーである認知バイアスなどを、統計データから科学的に分析していきます。
その後は発達心理学、社会心理学、性格心理学などの分野に発展していきますが、その流れは脳科学などの自然科学の発展と並行して、どんどん科学的なものになっていきます。本書は、その哲学から科学に至る心理学の流れが自然と追える見事な構成になっているのです。唯一残念なのは、個人的に興味のある進化心理学についての記述がなかったことですが。
とにかく実生活で役に立つ
今回の心理学用語は、哲学用語などに比べるととても実践的です。普段の生活や、仕事で経験する様々な感情や人間関係の悩みなどを思い浮かべながら読むと、「あれはこの用語で言っていることが当てはまるな」と納得できることがたくさんあります。例えば仕事で他部署の人と口論になったとしましょう。そんな時に、もしかしたらこれはお互いの「内集団バイアス」が原因かな?と一歩引いて冷静に自分と相手の心理を考えるきっかけになります。
しかも、なんとなくのイメージは覚えてるんだけど、用語が出てこない!という時でも、イラストで見開きで解説されているので、パラパラと本をめくりながらすぐに目当ての用語を探し出すことができます。
こんなに役に立つうえに、心理学を歴史順にストーリー仕立てで楽める本書はかなりオススメです。何か心理学で個別の興味のあるトピックの本を読みたいなという時に、事前にこの本でざっと心理学の全体像をつかんでおくとより理解も深まりそうです。
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