タイトルから世界の名建築を紹介する本だと思いがちですが、どちらかというと「西洋建築用語ビジュアル辞典」と呼んだ方が正確かもしれません。表紙のように、ある建築物やその一部を取り上げて、構造、パーツ、材料などにつけられた用語と、その解説が図示されています。時代ごとの建築様式の解説と、その代表的な名建築を紹介するタイプの本は数多くあります。一方で本書は、あえて時代による分類に主眼を置いていません。構造やディティールなどに対し、時代を超えて一般化された要素としての解説を与えています。それはまさに、古今の建物が混在する街並みを眺めている現在の私たちの視点と一致しているのです。本書は、建築を様式で分類することが難しい現代における最適な建築ガイドと言えるかもしれません。
感想
本書を読んで建築のディティールを見る視点を手に入れると、建築物を見る時の視点がいっきに変わります。建物全体を見る時の目のレンズが、広角レンズから望遠レンズに変わるイメージです。今まであまり気に留めなかった、柱の種類、レンガの積み方、ガラスのはめ方、などなど、建物のディティールに目が行くようになります。
自分で驚いたのが、読後に映画などの映像作品を見る時に急に背景美術の細部に目がいくようになったことです。特に、アニメの背景です。アニメに出てくる建物は実物ではないので、アーティストの力量やこだわり具合、予算などによって建物の描写のクオリティがピンからキリまであります。アニメではファンタジー世界の中世風の建物から現代のビルまで様々な背景が描かれますが、本書で得た知識を持ってそれを眺めると、まったく調査もせずに適当に描かれているな、というのが気になってしまうようになりました。
一方で、しっかりと時代考証をして正確に描かれている作品や、架空の世界を表現するためにオリジナルの建築デザインを織り込んでいる作品など、背景を見ることでその作品に対する制作者たちの熱量がわかるようになりました。背景を見て、「この作品は信頼して観られるな」という気分にさせてくれるのです。
もう一つ感じたことが、「用語」を覚えることの効用です。例えばギリシア神殿を見るときにアーキトレーブやペディメントといった用語を覚えていなくても、視覚的に楽しむことは可能じゃないかと思いがちです。でも意外に、頭の中で建築の要素が用語に変換されるのとされないのでは大きな違いがあるような気がします。ギリシア神殿に精巧な浮き彫りのレリーフがあって感動したとします。そこで頭に用語が浮かばないと「綺麗な装飾」で終わってしまいがちです。一方で頭の中で「フリーズに素晴らしいレリーフがある」と認識すると、別の神殿を見たときに自然と「フリーズ」に目が行って、以前見たものとの比較が脳内で始まるのです。年齢的に用語を覚えるのは辛くなってきてますが、ある程度覚えた方が今後の楽しみが増えそうだな、と思わされました。
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