【書評】科学の発展を歴史物語として読む『サイエンス大図鑑』アダム・ハート・デイヴィス

科学

大図鑑というタイトルとずっしりとした重みからして、とても通読して楽しむような本には見えません。でもいったん読み始めると、この本が図鑑というよりは物語として読める形になっていることが分かってきます。その秘密は構成にあります。科学の各分野ごとに章を分けて最新の知識を紹介するのではなく、あえて分野をごちゃ混ぜにして、歴史上の時系列順にトピックを並べているのです。

科学を歴史で見ると100倍面白い

本書は先史時代の科学の芽生から現代までの歴史を、5つの時代に大別して構成されています。第3章が産業革命と題された1700〜1890年について書かれているのですが、ここまではどの分野でもなんとなく高校までの授業で聞きかじった内容だなという印象でした。これってすごいことで、つまり日本人なら誰でも受けられる高校までの数学や理科の授業で、なんと人類が数千年かけて積み上げてきた科学の知識を一気に学べるということです。ちょっと感動してしまいました。一方、なんであのころ受けた授業ってあれほどつまらなかったのか・・という疑問も浮かびました。

それはもしかしたら、人類が謎に満ちていた自然の法則を少しずつ解き明かしていった過程をすっ飛ばして、「これはこういうことです」とあっさり結果だけ教えらているからじゃないかと思いました。この本を頭から読み始めて、いったん先史時代の自然現象が全て超常現象だった頃の人の立場に立ってみます。そこから数々の世紀の大発見や誤った仮説の修正の歴史を擬似体験して、その上で高校理科で学んだような19世紀の知識にまでたどり着いた時の感動、面白さはすごいです。現実的には無理なのかもしれませんが、学校でもこの形式で理科を教わりたかったな、と心底思います。

科学の歴史の大きな流れ

本書ではあらゆる科学分野の膨大なトピックが紹介されていますが、5つの章の流れをできるだけ簡単にまとめてみました。各時代の科学と、それを応用した技術の特徴について、多少むりやりですが一言で表してみました。

科学の夜明け

古代エジプトやメソポタミアで、数を数えたり天体を観測したりといった、国家運営の必要性から科学の芽が出てきます。その後ギリシアの哲学者たちが後世の科学的方法の基礎となる考え方を生み出していきます。ピュタゴラスが証明というプロセスを発展させ、アリストテレスが演繹的な論理学の基礎を築きます。

ローマ崩壊後のヨーロッパで古代の知識が失われる中、それを引き継いだ中世のイスラム帝国の学者たちが科学を発展させていきます。光学の分野で活躍したアルハーゼンは実験での実証を重視し、科学革命の時代に確立する実験科学の先駆けとなります。

ルネサンスと啓蒙の時代

ヨーロッパのルネサンスの時代に、現代まで続く「科学的方法」が確立します。それは観察と実験を重視する、「理性」の時代の到来でした。科学的方法とは次のようなものです。

  1. 自然現象を観察する
  2. 観察結果を説明できる法則の仮説を立てる
  3. 厳密にコントロールされた実験で仮説を実証する
  4. 科学論文として報告し、同分野の他の科学者たちのレビューを受ける
  5. もしその後の実験で誤りが判明したら、仮説を修正する

その先人の研究結果をベースに新たな発見を積み重ねて、科学が発展していきます。現代の超高度な科学の知識も、大昔から徐々に積み上がった知識の山の上に立っているのです。

このデータを重視する理性の時代に、まさにコペルニクス的転換という表現のもとになる、コペルニクスの地動説が生まれます。そしてニュートンの万有引力の発見など、過去の常識を覆して自然現象をみごとに説明する画期的な発見が生まれていきます。

産業革命

科学革命後の知識の集積と、グローバル経済の発展、石炭によるエネルギー革命などが重なって、「産業革命」という飛躍的な技術の発展の時代を迎えます。この章の時代が終わる頃には、人間が自分で知覚できる範囲の世界のことは、おおかた分かってしまったと言っても良いでしょう。物質が原子で構成されていることが分かり、化学的な現象が解明される一方、電気や磁気といった新たな力の働きも分かってきます。そしてダーウィンの進化論で生物としての人間についての理解も一気に進むことになります。

蒸気機関の発明以来、人間の労働がどんどん機械に置き換わっていき、資本主義が発展します。蒸気機関車や蒸気船によって交通の面でも革命が起き、世界が一体化していきます。この時代までの機械の原理は、まだまだ一般人でもなんとか理解できるレベルだったと言えるでしょう。

原子の時代

20世紀に入ってからの科学は、私も含めた一般人には100%理解するのが不可能なレベルに到達していきます。アインシュタインの相対性理論、量子力学、ビッグバンなど、もはや普段の生活でその法則を実感するシーンがない、極端にミクロかマクロな世界での話になってきます。高度に抽象的で、量子力学なんてもはや哲学かという領域に入っています。

一方でその高度な科学を応用した技術のほうは私たちの生活に大きな変化をもたらします。原子力による殺戮と発電、医療の急速な進歩、そしてアポロの月面着陸などなど、理解はできないけども魔法のような効果をもたらしてくれる技術が次々と生まれます。

情報化時代

そして現代は我々が実感している通り「情報化」の時代です。コンピュータとインターネットの普及で生活は一変しています。科学の分野でも、ヒトゲノム解析や気象のシミュレーションなど、コンピュータの計算能力を前提とした研究が進んでいます。

本書は2014年に出ているので今盛んになっているディープラーニングなどのAI技術の記述はありませんが、それもこの情報化時代の流れの一部と言えるでしょう。

進化せずに進歩する人類

科学の歴史を通してみて思うのは、この長い歴史において人間の遺伝子そのものはほとんど進化していないということの凄さです。この人類の進歩は、すべて「知識」という情報の積み重ねでできているのです。この進歩をこれからも受け継いでいくためには、次のことを肝に命じておくことが重要だな、と感じました。

まず、大発見は1人の天才の閃きだけでは生まれません。ニュートンだってアインシュタインだって、長い歴史の中で積み重なった多くの知識の上に新しい理論を作ったのです。誰でも「巨人の肩の上」に立っています。

また、1人の人間が認知できる知識の範囲はとても小さいです。ルネサンスの時代にはダヴィンチのようにあらゆる分野で天才性を発揮する人もいましたが、現代の科学のレベルでそれをやるのはほとんど不可能でしょう。世界中の膨大な数の研究者たちがそれぞれの専門分野を追求して、それが合わさった時に科学技術は発展します。人類全体の協力こそ科学の発展の鍵だと思います。

世界の見方を変えるポイント

今常識になっている科学の知識を知ることも重要ですが、その知識に行き着くまでの歴史を知ることもかなり重要だと思います。脳が進化していない人間がなんでここまで進歩できたのか、それを可能にした科学的方法とはどんなものなのか、どれだけ多くの人が時代を超えて協力してきた結果が今の科学レベルなのか。そういう視点を持って、これからの人類がどこへ向かうべきかを考えるきっかけにできる本です。

本書に関連して、第2章のタイトルにもなっている「啓蒙」の思想が今この時代こそ重要であることを語った『21世紀の啓蒙』もあわせて読むことをおすすめします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました