人種や性別による差別なく、誰もが努力と才能によって成功することができる社会。そう聞くと何の疑いもなく、素晴らしいことだ、そういう社会を目指すべきだと思うのが普通でしょう。サンデル教授はそんな一見「正しい」考え方に潜む差別の問題が浮き彫りにしてくれます。能力を持つ人は、自分はその能力に応じた報酬を受ける権利がある、能力のない人間が貧しいのは自己責任だ、という「能力による差別」の意識が生まれるというのです。
しかも、能力というと何となく個人の自由意志で高めることができそうな気がしますが、それも否定されます。才能を持って生まれるかは当然運だとしても、人が「努力」できる能力についても、遺伝子や育つ環境といった運の要素でほとんど決まってしまうといういうのです。つまり、差別をなくすために導入した能力主義という考え方が、単に別の差別を生み出しているだけなのです。
さらに悪いことに、能力がないというレッテルを貼られ貧しい生活をする人にとって、「自分が成功できないのは運が悪いからだ、差別のある社会のせいだ」などといった言い訳が許されません。その結果低賃金労働への敬意がどんどん失われ、人口の大多数を占める「成功していない」人たちの幸福度を大きく下げることになります。能力主義への見方を180度変えさせられる、すごい本です。
基本情報
作者:マイケル・サンデル(政治哲学者)
発行日:2014/4/14
ページ数:384
ジャンル:NDC 116, 哲学>哲学各論>倫理学
読みやすさ
難易度:分かりやすいです
事前知識:アメリカの政治状況を知っておくと良いです
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目次とポイント
序論―入学すること:米では一流大学の不正入試や裏口入学が蔓延している
第1章 勝者と敗者:能力主義が勝者に驕りを、敗者に屈辱を与える
第2章 「偉大なのは善良だから」―能力の道徳の簡単な歴史:神の恩寵から、自助と努力の能力主義へ
第3章 出世のレトリック:人間は自由意志で人生をコントロールできる。成功は美徳に対する報酬であり、貧困は自己責任
第4章 学歴偏重主義―何より受け入れがたい偏見:学歴(頭の良さ)によって生じる分断。エリートにとって、庶民を見下すことが能力主義によって正当化される
第5章 成功の倫理学:才能は運であり、努力が報われるかは才能に依っている
第6章 選別装置:入学試験を足切りのみにして、その後くじ引きで決めるという提案
第7章 労働を承認する:富の分配だけでは不十分であり、労働による貢献の実感と承認が幸福にとって必要
結論―能力と共通善:多様な階級の交流によって能力主義による分断を避け、民主主義を守る
感想
普段仕事をしていると、能力主義的な会話が頻繁にされています。あいつは仕事ができない。なんでもっと勉強しないのか。やる気あるのか。そうやって仕事ができない人を見下すことが、不思議と容認されている空気があります。それは能力がないのはその人の自己責任であり、努力をおこたっているからという理屈があるからです。そんな雰囲気に日々違和感を感じて、少し不愉快な気持ちになっていました。そんなモヤモヤに対する回答を、本書が明確に言語化して示してくれました。
本書の主張は、能力がない人たちから発信することは難しいでしょう。能力のある側の人たちから、それは努力をしない言い訳だと言われておしまいです。一方で能力のある側にはそんな主張をする理由がありません。そんな中、ハーバードの教授というエリートの側の有名人からこういった本が出たということは、これから大きな時代の転換点になっていく予感がします。
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