本書は経営学を理論の視点から網羅的に解説した「世界初」の本だと著者は語ります。経営に関する本はたくさんありますが、その全てがビジネスで起こる「現象」に着目しています。戦略、イノベーション、人事などの現象を取り上げ、それに対して分析したり、勝つための方策が解説されています。一方で本書は、経営学の世界にある主要な理論の全てを徹底的に解説します。その上でその理論を、現象を考える「思考の軸」にしていく構成になっているのです。
また経営学の理論は、経済学、心理学、社会学の異なった3つの分野がベースとなっており、従来はそのどれか一つの分野に焦点が当てられます。それに対し本書は、著者の幅広いキャリアを活かして、3つの分野を横断して経営学の理論全体を解説する奇跡的な内容になっているのです。確かに、こんな本は今まで見たことがありません。
経営理論の全体像が見える圧倒的な情報量
この本の情報量はものすごいです。3つの違う分野にわたる32個(!)の理論が紹介されていますが、そのどれも手を抜かずに詳細に分かりやすく書かれています。今まで読んだことのあるビジネス実用書を思い浮かべても「ああ、あこれはこの分野のこの理論に当てはまるな」という具合に、この本の中のどれかの章に位置付けられるイメージです。これ一冊にビジネス本何冊分の価値があるんだ!という感じです。
解説されている理論の中身を説明しだすとキリがないので、それぞれの理論が分類されている3つのディスプリンだけを簡単に紹介します。本書は32の理論をただ羅列しているのはなくて、それぞれのディシプリンの持つ前提の違いをベースに、大きなストーリーを持った構成になっているのもすごいところです。約800ページもある大著ですが、飽きずにどんどん読み進めることができました。
- 経済学ディシプリン・・人は合理的に意思決定するという前提に立って、戦略や組織のメカニズムを解明する
- 心理学ディシプリン・・認知能力の限界や感情などによって、人の合理性は限定されているという前提に立つ
- 社会学ディシプリン・・人や組織同士の関係性のメカニズムを解明する
不確実性とイノベーションの時代
著者はそれぞれの理論の説明と並行して、今がどういう時代で、未来のビジネス環境がどうなるかの予想にも踏み込んでいます。大きな流れは、不確実性とイノベーションの重要性の高まりです。昔は、業界への参入障壁やリソースの希少性を武器に市場を独占することで高い利益を継続的に得る戦略(SCP理論やRBV理論の考え方)が有効である業界が多かった。それはビジネス環境の変化が比較的穏やかだったためです。
一方で現代はIT技術の発達によって、参入障壁の低下や必要なリソースの変化が激しくなっています。そうなると、常にビジネスモデルや組織を変えていってイノベーションを生み出す必要があります。な今本屋に並んでいるビジネス書を眺めていても、そういう流れをなんとなく感じることができる気がします。大きな流れとして、経済学ディシプリンの理論に対して、心理学や社会学ディシプリン重要が高まっているということでしょうか。
本の終盤では、そもそもビジネスの目的は何なのか?組織の継続を前提とした株式会社は本当に必要なのか?といった問いも出されます。この本の理論を思考の軸にして、自分の会社や事業、社会全体の未来について考えてみるのも良いのではないでしょうか。
世界を変えるポイント
学生を卒業した社会人のみなさんであれば、何かしら会社や自営業で仕事をしていると思います。普段あまりビジネス系の本を読まない人だったら、この本を読んだ後だと普段やっている仕事に対する見方が全く違ってくるはずです。今かかえている問題はどの理論に当てはまるか?という風に、解決策を考えるための新しい軸が自分の中にできるのではないでしょうか。経営理論という硬いタイトルがついたとんでもなく分厚なので、なかなか手に取りづらいとは思いますが、思い切って読み始めてみることをお勧めします。
普段よくこういった本を読む人であれば、今まで読んだ本がビジネスのどの現象をどの理論に近い形で解説しているのか、という全体感をつかむことができるでしょう。そして自分に視点が不足している理論や、より詳しく知りたい理論について、次に読む本を選ぶためのハブのような役割を果たしてくれると思います。
コメント