【書評】『一九八四年〔新訳版〕』ジョージ・オーウェル

文学

イギリスの作家ジョージ・オーウェルが1949年に著したSF小説の傑作です。時は1984年、「ビッグ・ブラザー」という指導者をトップに置く一党独裁国家オセアニアの一部であるロンドンが舞台です。国民の監視、歴史の改ざん、思想教育などが徹底された全体主義国家の党員である主人公ウィンストン・スミス。彼は党員として体制に従った生活を送りつつも、頭に抱いた疑問が徐々に膨らんでいきます。

感想

ナチスやソビエトなどの全体主義国家に対して怖さを感じていた読者は、本作で思考実験的に生み出された究極の国民管理システムを疑似体験して本当の恐怖を味わったのではないでしょうか。比較的に自由で平和な時代の日本に生きる私自身も、これを読んでうすら寒い思いをしました。不正の証拠をあからさまに隠滅し、メディアを通じて国民の思想をコントロールする面を持った今の政治システムですが、「オセアニア」とは比べれば大したことはありません。しかし、その手法を極端に合理的に突き詰めていくとこうなるよ、ということですから完全に他人事とは思えないのです。

本作の魅力はなんといっても、党が使う造語のセンスがあまりに良すぎるところです。矛盾した命題を両方信じる「二重思考」、反体制的な行動をしなくても思考しただけで罪になる「思考犯罪」、党員の感情を操作するために行う「二分間憎悪」、情報の改ざんを業務としている省の名前が「真理省」などなど・・。つい実生活でも使いたくなってしまうセンスの良さです。究極は、単語の数と意味を限りなく減らした新しい言語を導入して、反体制的な思考すら不可能にしてしまおうという「ニュースピーク」です。

恐怖や暴力によって強制的に国民を管理する原始的な体制なら想像の範囲です。一方で、心理学的な手法を駆使して国民の思考形態から変えてしまったり、哲学の認識論的な発想で歴史改ざんを行ったりするオセアニアの支配体制の、ある意味「スマート」なところが本当に怖い。そしてそれが荒唐無稽なファンタジーとは言い切れない、今の社会と地続きになっていそうな感覚を持ってしえるところがさらに恐ろしいです。

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