私もそうだったんですが、知らない人にとって社会学ってかなり謎に包まれた学問だと思います。まず社会学の定義からして分からないですから。社会学の用語をネットで検索しても、説明の中にまた分からない用語が出てきて、難解でなかなか理解できません。
それに対して、本書は「社会学」という用語の定義から始まる主要な用語の数々を、徹底的にビジュアルで説明しています。文章は限界までムダを削ぎ落とした上で、的確で簡潔な説明にしてあります。そのかわり紙面の大部分をポップなイラストを使った視覚的な説明に割いています。イメージとしては、文章2割、イラスト8割くらいのバランスです。その結果、予備知識ゼロの状態で読み始めても、それぞれの用語の意味をしっかり理解することができます。例えば「構造主義」や「ポストモダン」などはたまに耳にする言葉ですが、それぞれたった2ページの解説で驚くほどしっくりとくる説明になっています。
一方、あくまで用語図鑑として割り切っている面もあって、この本で社会学の大きな歴史の流れをストーリーとしてつかむのはなかなか難しいと思います。これで大まかなイメージをつかんだ後で、もう少し専門寄りの本も読んでいく必要がありそうです。
社会学における対立や視点の違いのまとめ
本書の構成は数多くの用語がずらっと並んでいるだけで、そのつながりや流れの説明は最低限です。でも読み進めていくと、なんとなく社会学の歴史の中での議論の対立や、研究者ごとの視点の違いといった構造が少しずつ見えてきます。
マクロ社会学 vs ミクロ社会学
これは本の中でも明確に書かれていますが、社会学は大きく分けてマクロ社会学とミクロ社会学に分けられるそうです。
マクロ社会学は、社会実在論に基づいています。個人の集合として「社会」という有機的なシステムが実在すると考えます。その社会の構造や、社会が人々の行為や関係にどう影響しているかを研究します。社会学の産みの親であるコントや、デュルケーム、スペンサーなどがこちらの一派です。
ミクロ社会学は、社会唯名論に基づいています。社会という言葉は便宜上のものであって実在せず、個人と個人間の関係性のみが存在するという考えです。個人の行為、個人間の関係性、個人が物事にどう意味付けをするか、などを研究対象にします。ウェーバー、ジンメル、ミードなどがその立場をとっています。
でもこれは対立というより、見ている視点の違いに過ぎないような気がします。社会にズームインしていけばそこには個人が見えてきますし、個人からズームアウトしていけば人間集団としての大きな動きや構造が見えてきます。そういう視点の尺度の違いで、どちらが正しいか間違いかを論じるようなものではなさそうな印象でした。例えば、化学で気体の振る舞いを研究している人に、「気体なんてものは存在しない。それは分子の運動の集合に過ぎない」なんて言う人もいないですよね。
社会構造は不変か、それとも変化するか
マクロ社会学の中でも、パーソンズに代表される「機能主義」という立場があります。社会には確固たる変化しない構造があって、社会現象はその機能を維持するために機能しているという考え方です。これは社会一般を説明できる統一した理論を作るという目的からきているようです。この場合、社会構造は人間が良い方向に変えて進歩していくものではなく、すでに定まった構造を維持するだけになってしまいます。
それと特に対立するのが「意味学派」です。個人が対象を解釈する時の意味づけを研究する学派です。意味づけは個人の主観や時代によって当然変化するものです。その上でなされる個人の行為が、社会を変え続けていくことになります。確固たる社会構造があるという主張とは相入れません。
さらにマクロ社会学の中にがも、社会が変化するという立場が存在します。例えば経営者や労働者などの異なる階級同士が対立することによって社会構造が変化していくという「コンフリクト理論」があります。現代の社会学者ギデンズも、例えば「男性が賃金労働をして女性は家事をする」といった旧来の価値観に従わない人が増えることで、社会構造が変化して再生産されていくという「構造化理論」を唱えました。
今の時代は、価値観の多様化やIT技術の進歩によって、明らかに社会構造が変化し、しかもそのスピードが早まるばかりに見えます。それを日々実感していると、社会構造は変化しないという機能主義の考え方はあまりしっくりこないものに思えます。
人類にとって不変的な価値観はあるか
「ポストモダン」という用語あります。資本主義、科学、民主主義によって社会が進歩していき、人類にとって不変的な幸福を実現できると考えたのが「近代」という時代です。それが核兵器やホロコースト、環境破壊などによる行き詰まりで終わりを迎え、今はその近代の後で価値観が相対化し、人類全体の問題ではなく小さな個々の問題だけが存在する社会になったという考え方です。
一方で近代は終わっていないという立場を「ハイモダニティ」と呼ぶそうです。ギデンズは社会構造が過去の経験からのフィードバックで変化していく「再帰性」が近代の特徴ととらえ、その再帰性がより高まっているのが現代だと考えました。人類共通の問題がより深刻化していて、それを解決するために社会構造がどんどん変化していっているというのです。
この説明を読んで、ベストセラーの『FUCTFULLNESS』が頭に浮かびました。長寿、健康、食料、教育、人権など、あらゆる文化に属する人にとって共通の、「幸福度」を高める要素が存在する。そしてそれは科学技術や社会制度の進歩によって世界的に向上してきている、というの内容です。これこそ、ポストモダニズムに対するハイモダニティの考え方そのものではないでしょうか。世界の多様な価値観を尊重するのはとても重要なことだと思います。でもそれがいき過ぎて「人類が追求する共通の価値なんかない」と考えることは、世界中の人が協力すれば実現できるはずの、みんなが幸せになるための「進歩」を止めてしまうのではないかと思います。
世界の見方を変えるポイント
社会学の用語は、本などで積極的に勉強していかないとなかなか知識がついてこない分野だと思います。にも関わらず、そこには私たちが日々生きている社会についての素晴らしい知識が溢れています。先人が作り上げた用語の意味を知ることで、普段なにげなく目にする社会現象が頭の中で言葉として整理されていくのではないでしょうか。それが仕事やプライベートで自分が属する社会の中で、自分がどういう行動をとるべきかを考えるためのベースになってくれるはずです。
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