【書評】『インド残酷物語』池亀彩

社会

世界有数の大国として驀進するインド。その13億人のなかにひそむ、声なき声。残酷なカースト制度や理不尽な変化にひるまず生きる民の強さに、現地で長年研究を続けた気鋭の社会人類学者が迫る。日本にとって親しみやすい国になったとはいえ、インドに関する著作物は実はあまり多くない。また、そのテーマは宗教や食文化、芸術などのエキゾチシズムに偏る傾向にあり、近年ではその経済成長にのみ焦点を当てたものが目立つ。本書は、カーストがもたらす残酷性から目をそらさず、市井の人々の声をすくいあげ、知られざる営みを綴った貴重な記録である。

www.amazon.co.jp

感想

第一章で紹介される「名誉殺人」の事例があまりに衝撃的で、インドに対する「雑多で、神秘的で・・」などといった漠然としてイメージがいっきに崩されました。下層カーストの男性と駆け落ちして結婚した娘を取り戻そうとした両親が、人を雇って男性を殺害させるという恐ろしい事件です。しかもそれは、娘のためなんかではなく、家族の評判のためであるという理由がまた恐ろしいです。そんな事案が、インド全体で決して少なくない件数で起きているというのです。

そんな強烈な出だしで始まる本書ですが、そこから著者の視点はインドに生きる個人の生の声にズームインしていきます。インド経済やいまだに残るカースト差別について触れた本はいくつもあります。でもそのほとんどが、統計的な推移や制度の仕組みについての「マクロ」な説明です。日本で見ることのできる映画やテレビのドキュメンタリー番組についても、インドで生きる人々の実際について知れるものは少ない印象です。それに対して本書は、徹底的に「ミクロ」な視点で書かれた本です。ヴァルナやジャーティーなどの制度の解説や統計値などは各章末にコラムとして置かれており、あくまでメインは著者が南インドのベンガルールを中心としたフィールドワークの中で出会った、身近な人物達のエピソードです。取材先の有力者などの話も良いですが、なによりも著者の本当に身近な人々とのエピソードが面白いです。運転手のスレーシュや家政婦のアムダーなど、彼らと著者の日常のエピソードから、インドのごく普通の人々の普通の生活について生の声を知ることができます。

差別あり、格差あり、国家の社会補償は弱く、ジャーティー集団や家族単位での助け合いが生活を支えているインドの貧困層の現状は、日本人にとっては衝撃的なものです。それを統計データや引いた目線での解説で聞いても、「なるほどひどいな」という感想で終わってしまうかもしれません。しかし本書はそこで実際に生きる人の生の姿を描き出すことで、そんなひどい状況でも悲観せずにたくましく生きる人々のパワーを伝えてくれます。

本書にも書かれていますが、今インドの中間層以上の人々ですら下層カーストの人々との断絶が起きているようです。そんな中、たとえ日本人がインドに長期滞在しようとも、こうしたインドのリアルを体験することは難しいかもしれません。現地のカンナダ語を習得してフィールドワークをした著者の体験を読めるのは本当に貴重なことだと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました