【書評】SDGsの建前と本音『2030年の世界地図帳』落合陽一

社会

テクノロジーの進化、人口の変動、各国の戦略などによって、2030年の世界がどうなっているかを非常に分かりやすく解説しています。本書でキーワードになっているのは「SDGs」で、日本語訳は「持続可能な開発目標」です。飢餓、貧困、環境などに関する17のゴールを定めた、国連で合意された世界共通の目標です。これだけ聞くと、「世界中の国が協調してより良い世界を作っていくことになってるんだ、良かった良かった」と考えてしまいそうになりますが、やはりそう簡単にはいきません。読み進めるうちに、本書の主眼は主要国同士の利害の対立へと話が進みます。それぞれ置かれている状況が違う国々がSDGsという共通の目標を持つ難しさが分かります。そして最後には、SDGsの策定そのものの裏にある構図が語られるのです。

2030年の世界はどうなっているのか

本の前半では、2030年に世界がどうなっているのかが世界全体を俯瞰する形で解説されています。まず5つの破壊的テクノジーの進化がキーになります。その5つとは、AI、5G、自律走行、量子コンピューティング、ブロックチェーンです。そしてそれらを含むテクノロジーの進化によって世界がどう変わるのかが5つの視点で語られます。食料生産の効率アップによる食料事情の改善、医療技術の向上、再生可能エネルギーの普及、都市の人口集中とインフラの効率化、AIによる労働の代替です。ここまでは、なんとなく技術によっておおむね世界が良くなっていくんだなという印象ですが、ここからが問題です。

次に人口の話です。やはり先進国は今後横ばいか減少の傾向で、アジアとアフリカで大きく人口が増えます。2030年には、人口とGDPの面でアメリカ、中国、インドの3強になると本書では予想しています。人口は短期的なコントロールが不可能なので、将来経済的な勢力図が大きく変わることは間違いありません。

貧困に関しては、アジアの貧困率が改善する一方でアフリカの貧困が根深く残ります。資源の呪いや歴史的に未成熟な政治体制もあって、向上はしていても貧困の撲滅までの道は長そうです。一方で昨今新たな問題になってきているのは先進国の中での相対的貧困です。ネット求人による短期のフリーランスの仕事(ギグ・エコノミー)が国内の格差をより拡大させています。

ヨーロッパの法と倫理の支配

後半は、話の主眼が完全に各国の対立構造へと移っていきます。まず環境問題です。シェールガスの採掘技術を開発したアメリカは、再生エネルギーや省エネよりも、自国の持つ資源を前提として化石燃料の有効利用も含めたイノベーションによるエネルギー政策を推進しています。一方でヨーロッパ諸国はエネルギーの対外依存が強く、長年再生エネルギーを推進してきています。その欧米の対立が世界の環境対策の歩調を合わせるのを困難にしています。かたや今まで経済優先だった中国も近年は再生エネルギーに力を入れており、広い国土と豊富な日照、そして強い工業力を背景に太陽光発電の分野でリーダーになっています。

ここからが本書のクライマックスです。一見アメリカと中国の覇権争いに見える産業構造の上層に、なんとヨーロッパの「法と倫理」の戦略が君臨しているというのです。SDGsを含めた新しいルールが、実はヨーロッパ諸国の事情を考えたときに、彼らとって有利な形になっているのです。そしてそのルールは理屈の上では倫理的に正しい主張に基づいています。古来から社会の根本を規定する概念を生み出し続けてきたヨーロッパ文化を背景にした、彼らの新たな戦略が見えてきます。

SDGsの裏にある各国の利害対立と、ヨーロッパの法と倫理の支配の構図

世界を変えるポイント

この本は、2030年の世界の構図を見せてはくれますが、決してそこに生きる私たちがどうすれば良いのか、という答えを与えてくれるものではありません。ある意味で淡々と環境問題や世界の対立軸の厄介さを説明されるので、ちょっと突き放されるような冷たさを感じないこともないです。でもこの不確実性の高い時代、こうすれば良い、という明確な指針を示すこと自体が無責任とも言えます。そんな中、著者は最後に日本人として活路を見出す道を「デジタル熟成」という概念をベースに提言してくれてもいます。それらのヒントを軸にして、私たち個人個人が日々必死に考えていくしかありません。その思考のベースとしてこの地図帳を頭に入れておきたいと思います。

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