古代ギリシアの三大悲劇作家の一人、エウリピデスの作品集です。生涯で50年近くにわたって劇を上演し続け、全部で92編の作品を発表したと言われています。意外にも、22回の上演のうち審査員から第一位に選ばれた回数はわずか4回だったようです。解説の松平千秋さんは、その理由は作品の評価そのものというよりも、保守的な審査員の好みによるところだろうと語っています。少なくとも鑑賞していた大衆からの人気は圧倒的だったようです。彼が活躍したのが、アテネがペロポネソス戦争というスパルタとの泥沼の戦いによって没落していく時期と重なります。そのためか、題材としている時代は劇が作られた時からさらに1000年近く前の神話の時代ですが、ギリシアの各地の出来事にアテネの王が関わり、活躍する話が多くなっており、政治的な意図が垣間見えます。
基本情報
作者:エウリピデス(古代ギリシアの悲劇作家)
成立年:前455〜
翻訳者:松平千秋、他
発行日:1986/3/1
ジャンル:NDC 991, 文学>その他の諸言語文学>ギリシア文学
読みやすさ
難易度:難しい漢字が頻繁に出てくるのと、コロス(合唱隊)の歌が古い言葉使いで書かれているため読みにくいですが、文章そのものは難しいものではありません。
事前知識:ギリシア神話の知識があった方がより楽しめますが、注釈で解説されるので必須ではありません。
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目次とポイント
アルケスティス:妻の命が身代わりに神に捧げられることで、死の運命を免れようとするアドメトス王。彼が本気で妻の死を嘆くところがちょっと可笑しい。最後はご都合主義のハッピーエンド。
メデイア:他の女と結婚した夫イアソンへの復讐心から、自分の子供達を殺すメデイア。ミュシャの有名な作品に、サラ・ベルナールが演じたメデイアの劇のポスターがある。
ヘラクレスの子供たち:ヘラの画策でヘラクレスを出し抜きミュケナイ王になったエウリュステウスが復讐を恐れてヘラクレスの子供達を亡き者にしようとする。それをアテナイ王デモポンが救う。
ヒッポリュトス:前妻の息子ヒッポリュトスに惚れたアテナイ王妃パイドラが、彼に拒否された腹いせに、彼に無理やり迫られたとテセウス王に書き残して自殺。それを信じたテセウスがヒッポリュトスを殺すが、死の間際にそれが誤解であることを知る。
アンドロマケ:アキレウスの子ネオプトレモスがトロイア戦争で得たヘクトルの元妻で奴隷のアンドロマケを寵愛していることを恨んだ正妻のヘルミオネが、父メネラオスにアンドロマケ妻子の抹殺を頼む。それをアキレウスの父ペレウスが救う。その後ヘルミオネを狙うアガメムノンの子オレステスがネオプトレモスを暗殺する。嘆くペレウスのところに妻である女神テティスが現れて慰める。
ヘカベ:トロイア戦争の後、娘の命をアキレウスの弔いの犠牲に捧げられるトロイア王妃ヘカベの嘆き。さらに息子を預けたトラキアの王が財産目当てで息子を殺す。その復讐のためにアガメムノンに裁きを願うヘカベの愛と憎悪。
救いを求める女たち:テーバイを攻めて負けたアルゴス軍の遺体を引き渡さないテーバイに対し、遺体の引き渡しのための戦いをアテナイ王テセウスにに依頼するアルゴス王アドラストス。葛藤の後にそれを引き受け、戦いに勝ち遺体を埋葬するテセウス。
ヘラクレス:テーバイ王位を武力で奪ったリュコスが、前王と関係が深いヘラクレスの妻子を殺そうとする。そこに冥界から奇跡的に帰還したヘラクレスが現れ助ける。しかしヘラの策略で気が狂ったヘラクレスが妻子を殺してしまう。絶望するヘラクレスを、親友のアテナイ王テセウスが励ます。
イオン:アテナイ王女クレウサがアポロンとの間にできた子供イオンを神殿に捨てる。クレウサの夫クストス王は子宝に恵まれないが、イオンを息子として与えるとアポロンの信託が降る。自分の立場を案じたクレウサがイオン殺害を画策するが失敗し、その意図がイオンの知るところに。激怒するイオンがだが、後にクレウサが本当の母だと知り関係修復。めでたしめでたし。
トロイアの女:戦争に負けたトロイアの女たちに降りかかる悲劇を、トロイア王妃ヘカベの嘆きという視点で描く。
感想
不倫する女、不倫される女、復讐する女、などなど、女性の視点での愛憎劇が多い印象です。まるで昼ドラのドロドロの展開を見ているようです。なぜエウリピデスがそういったテーマの劇を多く作ったのかはわかりませんが、少なくとも女性に対して何か特別な思いを思っていたのではないかと想像します。また、少々アテネの伝説を美化する展開が多いのは少し気になります。当時のアテネはペロポネソス戦争に負けてジェットコースターのように覇権国家から没落の道へと向かっていたので、そういった政治的なテーマが織り込まれるのもしかたなかったのかもしれませんが。アイスキュロス、ソフォクレスに比べると、神話の神々よりも人間ドラマに焦点が若干移っている気がします。
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